夜の街に潜み、蠢くモノがいる。
潜むうちはいい。
蠢くうちはいい。
百歩譲って、共食いしている間なら、いい。
「や、やめて……し、知らなかったのよ、人を食べちゃダメだなんてっ!」
「おや…管理がなっていませんね、協会も……はぐれ悪魔、ですか」
人を食い、その血で口元を真っ赤に染めた少女を金の髪の男は追いつめていた。
左手には退魔札。
榛の瞳が妖しく光った。
神父の黒衣を脱ぎ捨てた男の、本当の仕事は――エクソシスト。
闇に蠢き、光の下に出てきて、人を食ってしまったモノを退治するのが本当の生業。
「いやっ!消されたくない、殺されたくない!どうして!人なんていっぱいいるじゃないっ!!」
「うーん、そうですねえ……」
男は呑気に思案する振りをする。
その間にも叫んでいる少女は醜く変容していく。
闇から独立してしまった―――悪魔へと。
「イヤ、死にたくナ、イ……!イヤ!」
男はそっと目を眇める。
別に人を特別護らなければ、なんて彼は思っていない。
この悪魔の言うとおり、「人なんていっぱいいる」のだ。
悪魔に変容さえしなければ、闇のモノなんて放っておいてもいいとさえ思っている。
そこまで考えて、男はクスリ、と小さく微笑みを零した。
(望美さんは別の意見でしょうね……)
協会から、弁慶のために派遣された少女。
いつしか恋人となり、かけがえない相棒となった少女を、想う。
「う、ぎゃあああああっ!」
雄たけびに、男はついと視線と思考を目の前の悪魔に戻した。
もう少女の形でない醜悪なそれに覚えるのは哀れと、嫌悪。
弁慶は宣告する。
「眠りなさい、悪魔。これ以上苦しむ前に」
弁慶はす、と薙刀を右手に具現化させた。
それを振るおうとして。
「危ないっ!弁慶さん!」
「―――望美さんっ?」
「グギャアアアアアア!イタイ!イタイ!」
声とともに少女が飛来した。
化け物の脳天を少女の剣が貫く。
そこからちらり、悪魔の「心臓」が見えた。
「……位置が分かったのは助かりますけどね」
危ないと言いながら、むしろ危ないのは望美だった。
弁慶の薙刀は、望美ごと両断するところだった。……危なかった。
暴れ狂う悪魔を避けて、少女は弁慶の近くに降り立つ。
そして果敢な瞳で弁慶を詰った。
「また置いていく!トレースも何もできないでしょうっ!」
「……両断すれば『心臓』には当たりますよ」
「腕にあったらどうすんのよ!」
……それはそうなのだが。
弁慶は言い募れず、口をへの字に曲げた。
少女の言い分は、正しい。
悪魔の「心臓」は人間のように定位置にない。
それを正確に見分けるトレースの能力を望美は持つ。
「……はあ」
深いため息。
望美は悪魔から目を逸らさない。
「分かったら、一、二で行くよ、弁慶さん」
「……僕は君に刃を握らせたくないんですけどね」
「わ、私が斬らなかったら、べ…弁慶さん、大変なことになるじゃないっ」
真っ赤になった少女に苦笑。
まさしくそれは真実だった。
「僕は気持ちよくていいですけど?」
―――本当は真っ平だった。
悪魔を斬るたび、弁慶を尋常でない性欲が襲う。
ある呪いによって。
誰かを抱かずにはいられないのだ。
それも壊してしまいそうなほど。
そんな弁慶のために協会から派遣されてきた望美。
生贄の聖女。
だが、そんな呪いのために、愛しい少女を抱きたいはずもなく、でも彼女以外欲しくない。
弁慶の中を行き来するのはいつも二律背反だ。
人間が嫌いなのに、人間を守る側につく。
悪魔に育てられながら、今は悪魔を滅ぼさなくてはいけない理由がある。
すべては弁慶の選択だ。
なんて矛盾、なんて勝手。
弁慶はそのすべてを、少なくとも少女を自分のもとから離すことは選べたはずなのだから。
少女は弁慶の心にもない軽口に、簡単に真っ赤になる。
可愛らしい君。
「ま、またそんなこと言って!」
「はいはい、望美さん、前を向いていて下さいね」
「っ―――、一、……二ッ!」
弁慶に宥められて、慌てて望美が前を向く。
自分のために剣を覚えた姿はまぶしくて、それでも刃を握らせたくなかったと強く思う。
「ぎぐ、ぎゃおおおおおう!」
刃一閃。
心臓を打ち破ったのは、かろうじて望美の剣だった。
凄まじく、また耳に残る嫌な断末魔をあげて悪魔が幻のように霧散する。
弁慶がそっと苦笑した。
少女はどんどん強くなる。
既に剣技は弁慶を凌ぐ。
「よし!やったね!」
「ええ……」
そろそろ夜が明ける頃。
しかし、だからこそその闇は一層深い。
エクソシストに課せられたさだめのように。
「帰りましょうか」
「はい!」
今日は、一緒に帰れても――――
無邪気な望美と裏腹に、弁慶は残りの日々を数え始めていた。
Fin.
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どこかで書かなかったかなー。
オフのエクソシストの予告編です。
思い出しました。
本編にも収録されていますね(^^;