京邸の秋の午後。
雨では怪異を解決しにいけないと、思い思いに過ごしているはずの時間。
縁側に佇む望美を弁慶は見つける。
その瞳は茫洋として、いつもの生気に欠けて。


―――――それでも僕を、惹き付ける。




雨のち晴れ





「・・・・・・望美さん」
「弁慶さん!おかえりなさい!」

そっと声をかけると、彼女はすぐに振り向いて、瞳にはいつもの色が戻った。
呆気なく。
嬉しいが、どことなく残念にも思う。
あの虚無は、深淵の色。
僕を呼ぶ、君の心。

君がただまっすぐなだけの少女だったなら、僕はここまで心惹かれはしなかったと思うから。

「今日はずっとここで?」
「はい、素振りとかしてたんですが、休憩中です」

そういう彼女の手に白龍の剣。
血も肉も知らないように、その刀身は白い。

(君がただ無垢で無鉄砲なだけなら)

「・・・・・さんは、五条?」
「―――すいません、聞き逃しました」

思考の波に攫われて、望美の言葉を聞き逃した。
たいして気も悪くしなかった様子で、望美が微笑む。

「弁慶さんは、五条ですか?」
「あ、・・・・いいえ、今日は違うところに」
「声をかけてくれたら、手伝ったのに」
「ふふ、いいんですよ」

君は。
僕が後はただ薬師だけだとでも思ってるのかな。
あんな船の追撃を見たあとでも?

弁慶は淡く笑う。

今日赴いたのは法住寺。
君の手伝い?
・・・・・・ええ、五条よりいったかもしれないけど。

(君の優しさがただ優しいだけなら、僕は)

「弁慶さん?」

不意ににゅっと望美は弁慶に顔を近づけた。
あの顔。
あのときの、船のときの、三草山の。

「なんですか?」

――――今度は、少しも崩れない顔。
笑顔の仮面、みたいな。

「ちゃんと連れて行ってね。どこでも。・・・・・私、本当にしつこいですよ!」

まっすぐに強い目に、弁慶は虚を突かれた。

どこでも?

・・・・・・・・一体どこまで気づかれているのやら。

苦笑しだした弁慶に望美は怒る。

「もう!本気ですよ!」
「ふふ、はい、知っていますよ」

ホントかなあ?
まだ少し膨れたままの望美の顔が、不意に輝いた。

――――夕焼け。
あざやかな血の色に似て、普段は少し嫌いな黄昏。

「よかった。明日は晴れですね。雨でもちゃんと、・・・・いつかは晴れるから」

妙にしみじみした言葉を、そのとき僕はまた聞き逃した。
君の覚悟を知るのはもっと、ずっとあと。



君がただ優しいだけの、無垢なだけの少女だったら、僕は惹かれなかったでしょうか?
それとも、そうじゃなくいて欲しいと思うのは、僕のせいでまた汚れたと思いたくないから?
いずれにせよ、僕が君を恋うなど許されないのに。
許されるはずもないのに。



許されないともう一度思うのは、もう君に囚われているから?
君の優しさは強さを添えて、僕の心を揺り動かす。




「・・・・・・・地獄までつきあってくれますか?」

不意に浮かんだ言葉に、彼女は驚いて、どうしてだか泣き笑いに微笑んだ。


――――今度こそ、離さないよ。


運命の冬は、もう少し後。




きっといつか、君の心も晴れるから