男の朝は、最愛の少女を目覚めさせることから始まる。
「あかね…あかね…」
甘く耳元で呼びかけると、昨夜の名残りか、少女はピクン、と小さく反応した。
「ふふっ、可愛らしいことだ…」
その反応の良さに気をよくし、男の指は悪戯に少女の身体の上で遊び出す。
「あっ…ん…」
甘く震える声。目覚めと眠りの間で漂いながら、あかねは身体中を男の好みに染め上げる。
「んんっ…――― !」
時間切れ。
覚醒。
少女は本当は、男に起こされなくても正確に、いつも同じ時間に目を覚ますのだ。
だからこれは、男の遊び。
いつのまにか裸に剥かれていた有様に、少女は怒った。
「―――友雅さんっ!」
男――友雅は僅かに嘆息する。
もうちょっと早めに始めておくべきだったのだ。
その反省点の違う感じに、少女は正しく反応した。
困った人なんだから!
「―――友雅さん、昼にいくつかお店を回ってほしいんです」
少女のおねだりに、友雅が魅惑的に微笑んだ。
「いいよ。一緒に行こうか」
「駄目。それだと罰にならないもの。私はお部屋で勉強しています」
「ええ?そんな、つまらない」
「問答無用!」
少女はきっぱりと笑顔のままで、言いきった。
友雅にはこれが一番の罰だと少女はばっちり知っている。
「お仕事です」
―――しばらく独りぼっちでいなさい!
友雅は早々に白旗を上げた。
少女の嫌がる朝からやりすぎたのは、分かっている。
嘆息して、了解を告げた。
もっとも―――
「きゃあっ!何するんですか!」
「いや、暫く離されるなら肌チャージをね…」
「き、着替えさせてえ〜!」
男の思い通りにならないことなど、ほとんど無きに等しいのだが。
「いらっしゃいませ!」
「失礼。元宮だが、頼んでおいたものを…」
昼になって、本当に渋々友雅はお使いに出た。
一人でいるのは苦にならないが、少女を独占できる貴重な時間を浪費するのがたまらない。
とは言え、朝の悪戯はやめられないのだが。
(あんなにも魅惑的な君が悪いんだけどねえ)
あかねの恥じらう様子を思い浮かべて、友雅は忍び笑う。
と、待たされている店のコーナーに飾られているアクセサリが目にとまった。
「オーナー、これは新しいね?」
「あら、橘様。ええ、今日入ったばかりですの」
めざとく新着の商品を品定めする友雅は、あかねのドレッサーを思い浮かべる。
「…うん、これもいただこう」
「ありがとうございます」
如才なくオーナーが即答して、友雅に宅配か否かを伺う。
これからまだ数軒行く。配達してもらうのが正しい選択だが、それでは届くのは明日になってしまう。
友雅はにっこり微笑んだ。
「いや、持っていくよ」
「かしこまりました」
いつもこれで怒られるのだが…。
男の辞書に、懲りるという単語は今のところ存在しなかった。
そして、この後、両手に荷物のせいで、男は思いがけない人物に遭遇することになる。
だからこれは、必然なのかもしれなかった。
「はあ、びっくりした…」
帰宅した友雅を部屋で待ちきれず、あかねは走って出迎えた。
そこに微笑んでいたのは予想外の人物と―――予想以上の荷物。
「何がだね?」
お茶のおかわりを淹れてやりながら、友雅はのほほんと問う。
「全部!友雅さんが、春日先輩を連れてくるなんて思わなかったしね、こんなに荷物が増えてるなんて思わなかったもの」
あかねはぷうっと頬を膨らませた。罰にならないから、それなりに言いつけたが、それだってそんなに多くない。
それなのに…この荷物の山は何だろう。
「せめて配達してもらおうとか、思わなかったんですか?」
聞けば友雅がこれを自分で運ぼうとしたせいで、望美に怪我をさせたのだとか。
ゆっくり話せたものの、申し訳なさが先に立って、あかねは素直に喜べなかった。
「君の喜ぶ顔が早く見たくてね」
「…それは嬉しいんですけど」
いつもこうして言いくるめられている気はするが、嬉しいのは本当だから、あかねは長く怒っていられない。
友雅への罰も、本当は自分への罰である。
自分がしっかりしていれば、友雅の自由にそうそうならないはずなのだ。
あかねなりに日々精進中。
「では着てみせてくれまいか?早く見たくてたまらないのだけど」
あかねが機嫌を直したのをいいことに、友雅が艶冶に笑う。
あかねは素直に頷こうとして…嫌な予感に、頷くのをやめた。
「あとで。…まだお昼です」
「ふふ、君は何を心配しているのかな?」
「な、何をって…!」
ナニである。
友雅のこうした要求に素直に頷いて、そうならなかった例はない。
あかねが顔を赤らめるのが楽しくて、友雅はさらに追及してみる。
「ねえ、何?昼に着替えても問題はないだろう?」
とろけるような笑顔には一片の悪意もない。悪意はないが、他意はある。それだけ。
「う〜……」
あかねは真っ赤になって、口ごもってしまった。
もうすでに陥落間近。
執事とお嬢様。
その関係がいつから変わったのか、あかねはもう覚えていない。
それだけ振り回される毎日に、まだまだ終わりはなさそうである。