優しい空、君の傍





文章の繋がりはありません



 梶原京邸に戻ってきた望美は、そっと詰めていた息を吐いた。
 月が白い。
 あの日のように。
「……弁慶さん」
 そっと呟いてみる。
 思い浮かべたのは、喪った面影。
 優しかった…はずだ。
 何度思い返しても、望美には、弁慶が「偽り」と評した笑顔が偽りには思えなかった。
 裏切られたと思った時は悲しかった。
 とても痛くて、憎みたいほど辛くて。
 ……それでも弁慶は、やはり優しかった。
 たとえば、船でかけてくれた言葉。そして。
 現に最後、弁慶は望美を救い―――
(消えてしまった……)
 そのあとのことは知らない。
 望美はその後、何も考えられずに跳んだから。
 その後、弁慶の護った世界を認められずに、望美は無我夢中で時空を跳んだ。
 そんなことは初めてだった。
 いつも納得して、あるいはちゃんと選んで、望美は跳んできたから。
 だから分からない。
 ……本当によかったのだろうか。
 それはきっと、望美の自己満足だ。
 だから望美は躊躇う。
 九郎のような綺麗な剣は振るえない。
 躊躇ってしまった。
 望美は白い月を見ていられずに、そのまましゃがみこんだ。
 焦りが、哀しみが胸を満たす。
 今までは前を向けたのに。
 心が、今はいない人を探してしまう。
「弁慶さんっ……」
「―――はい?」
 絞り出すような呟きに答えた声に、望美は凍りついた。
「―――弁慶さん…」
 同じ名前を呼ぶのに、まったく違う響きのそれに、弁慶は小首を傾げた。




「ふふ、役得ですね。……君に、こんな風に抱きついてもらえるなんて」
「弁慶さんっ」
 揶揄の雰囲気を感じ取って、望美が顔をあげる。
 その唇は、怒る前に封じられた。
「っ、んっ……」
 それはすぐに離れた。
 けれど、弁慶の、どこか真剣な目とかち合って、望美は動けなくなる。
「君は危険な人だ。……僕の心に、どんどん入ってこようとする。そろそろひかないと、こんな目に遭いますよ?」
凄艶な微笑に、望美は体の芯が冷えるような心地がした。
しかし、望美もひけない。
 弁慶がこんな風に少しでも見せてくれた心を離したくなかった。
 たとえそれが、気まぐれでも。
「いいんです、絶対にひかないから…!」
「……君は」
 弁慶が何か言いかけた時だった。