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時は少し戻って、弁慶は、困っていた。
自分も消えると思っていたあの戦から、季節はひとつ、過ぎた。
今は夏。もう夏。夏なのである。
春じゃなくて。
(・・・・・・・僕としたことが)
弁慶はため息をつく。
冬の厳島、あそこで清盛公を倒し、黒龍も倒して、念願だった応龍の復活は叶った。
今、春に若葉が芽吹くように、少しずつ、そして明らかに京は―――いや、世界は復興を遂げているようだった。
それが嬉しくて、望美が一緒にいるのがただ嬉しくて、うっかり春は過ぎた。
うっかりだ。
何がうっかりか?・・・望美に信頼されすぎているのである。
ヒノエあたりに知られたら、いや、ヒノエならまだしも兄の湛快に知られたら凄く気まずい。
でももうどうしようもない。
譲の言葉を鵜呑みにしたのもまずかったのだろうか。実は、還る前の譲には、向こうでは恋人期間というものがあって、そうやすやすと体の関係は結ばれないのだと説明されていた。
なるほど、望美さんが年の割には無防備なわけですね、なんてその時は納得したが・・・。
そろそろいいかな、と、手を伸ばしかけた弁慶は、一度気付いてしまったのだ。
「い、や・・・・消えないで、弁慶さん・・・・」
消え入りそうな、声。
その弁慶はきっと自分ではない。
清盛を取り込んで、望美を置いて消滅したという僕―――
「贈ってしまえばよろしいのよ」
つん。
本を置きに立ち寄った京邸で、出迎えてくれた少女はつっけんどんに言い捨てた。
「そうは言いますけどね・・・」
駄目というものを渡しにくい。
一度浮気疑惑がおきてから、それが誤解と分かった今も、朔の態度は手厳しい。
望美を泣かせた罪は、朔にとって何よりも重いものらしい。
「私は贈っているわ。九郎殿もよ」
「・・・・九郎もですか・・・」
それは知らなかった。弁慶は何と言えばいいか分からなくなる。
自分からだけ、いらないということか?
弁慶が悶々としだしたのを見て、少し溜飲を下げた朔は今日は許してあげることにした。
「柿とか、お餅とか食べ物みたいですけれど。ヒノエ殿からも、装飾品は受け取らないみたいだわ」
弁慶がちょっと止まった。拍子抜けしている様子に、朔は少しおかしくなる。
これが今の弁慶だと思うと、何だか嬉しかった。
「どうしてって、聞いてみればいかがなの?言葉が足りないって、前にも仰っていたじゃないの」
「・・・・・ご尤もです」
どうも朔には強く出られない弁慶である。
朔はちょっと息をついて、優しく微笑んだ。
「大事にしてくださいね?」
「・・・・はい、勿論」
何度繰り返したか分からない会話。
これからも何度も繰り返されるだろう、優しい確認。
弁慶はそれを機に立ち上がると、望美の待つ家へと帰途を急いだ。
そこには地獄絵図が繰り広げられていた。