秘メ事





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「……おや、今日も反則ですか。ならば僕も反則しなければね…」
「よく言うぜ。昼日中にいじめているの、知らないとでも思っているのかい?」
「それでも反則はしていませんよ。僕は」
「そっちの方が鬼畜だっつの」
 弁慶の待つ室へ、浴衣を軽く着せた望美を運ぶ。
 くされ坊主は灯りの下で何やら書状を読んでいる。
 もう寝る前の恰好で。
「ふふ、いい顔色ですね…」
「たっぷり湯に浸からせたからね」
 用意された褥に望美を横たわらせ、ヒノエがシュ、と浴衣の帯を解く。
 見え隠れする、桃色に染まった肌が艶めかしい。
「ん……。…っ」
「気づきましたか、望美さん?」
 弁慶が自然な動作で望美のこめかみに口づけると、望美はあからさまに強張った。
「ひどいな、君は……強張ることないでしょう?」
 余計嗜虐心を煽られるじゃないですか。
 ただ優しく綺麗なはずの笑みは、ヒノエと違って底知れない。
 怖さを感じることのないそれは、望美にとって、以前よりもっと得体の知れないものとなった。
「そりゃあんたが一番鬼畜だからだろ。強張って当然」
「おや、ひどい」
 気軽にかわされる軽口は以前のままなのに、すっかり関係は変わってしまった。
 望美は少し涙ぐんで、浴衣の前をかきあわせる。
 その怯えた様子は、可愛らしくて、壊したくなる。
「ほら、望美さん、…することがあるでしょう?ああ、浴衣は羽織ったままで構いませんよ」
 弁慶が艶冶な声で促した。





 ついに本格的に気を失った身体を、ヒノエはうって変わって慎重な仕草で褥に横たえた。
 乱れた髪をひと掬いして、大事そうに口づける。
 望美の知らぬ、ヒノエの抱いた後の儀式のようなもの。
「大事なら、こんな風に抱かなければいいのに」
「お互い様だろ」
「僕と君とは、違いますよ」
 どうだか、と吐き捨てつつ、ヒノエは望美の髪を離そうとしない。
 その愛おしそうに望美を見るのをちゃんと本人にも見せてやれば、望美の心も動くのではないのだろうか。
(そうすればいいのに)
 弁慶は思う。そうして、このまま望美を自分たちのものにしてしまえたら。
「――――あんたこそどうなんだよ」
 弁慶の思考を読み取るかのようなタイミングでヒノエが問う。
「あんたこそ、望美が大事なくせに」
 自分が荒々しく抱く間も、本当に痛いことはしない。傷つけないように細心の注意を弁慶は払っている。
 こと女に関して、それほど用心深い弁慶は見たことがない。
「それはもちろん、大事ですよ。彼女は白龍の神子。僕の贖罪に必要なひとですから」
 澱みなき答え。
 想定の範囲内。
 ヒノエは嘲笑うかのように吐き捨てた。
「ならどうしてあんなに怒った?」
「ふふ、君こそ。――彼女を追い込んだのは、君でしょうに」
 弁慶の表情が、望美の醒めた発言の瞬間、凍った。
 今も常も、まるで春の陽だまりに似た微笑をたたえるこの男が、一気に心を凍らせたようだった。
 そうしなければならないほどの衝撃、あるいは灼熱が弁慶にあったのだとするなら、それは望美に対する感情があるということだ。
 しかし、弁慶は首を振る。
「僕は今だけでいいんです。僕と君は、違うのですから」
 ヒノエは答えず、名残惜しそうに望美の髪に口づけると、部屋を音もなく出て行った。