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『白龍の…って、確か―――』
思いがけない話の展開に、望美は驚いた。
白龍の神子。
今も、たまに清盛が口にする言葉。
だが、それが望美にどう関係するのか、望美が掴めたことはない。
『何か、分かったんですか』
知りたくないといえば嘘になる。
今ではもう、望美は平家の一柱として、一門が何とか生き延びられるよう、戦い続けるつもりだったし、それを知ったからといって、何が変わるとも思えない。
でも、理由は知りたい。
ここに、流された理由。
思えば、そもそも清盛は、望美が過去ではなく「異世界」からきたと言ってはいなかっただろうか?
歴史には疎い望美では確証はいだけないが、もうそこかしこに、過去との違いが浮かんできているのだ。
たとえば、敦盛の存在。
純粋に望美の知る過去ならば、彼は浜辺で死ぬはずなのだ。もっと先に。だが、彼は……。
(ここは『過去』というわけではないのかもしれない)
最近の望美はそう思い始めていた。
同時にそれは、歴史を歪めることへの怯懦からきていることなのかもしれないと思う。
望美には、分からない。
胸に蟠った、誰にも問えない問いだった。
『まだ、全部は分かりません。ですが、分かったことを、お伝えできればと思いまして』
弁慶の目が、真摯な光を帯びた。
『知りたいですか?』
『はい!』
望美の即答に、弁慶はゆっくりと頷いた。
『では、文のやり取りをしましょう。……この辺りの枝に、文を結び付けておきますから、あなたもそうして下さい』
『邸には来られない、ということですか?』
弁慶は曖昧に頷いた。
望美は、清盛の訃報について、この優しい人が良心の呵責を感じているのかもしれないと思った。
だから来ないのだ、と。
実際、それは近かった。清盛ゆえに弁慶はもう雪見御所には近寄れないのだから。
望美は問わず、弁慶もまた言わない。
『……難しいですか?』
やはり、と、言いたそうに弁慶が問う。
望美は慌てて首を振った。
情報は欲しい。それは平家では手に入らないものだ。
『よかった。では、十日ごとという事で』
そう言って、弁慶は消えた。
(よかった……?)
どういう意味だろう。
その姿は既に見えず、望美の胸に妙な感触を残した。
だからかもしれない。
『将臣君に会えたよ』
宴の席、皆の前でそうは言えたのに、彼と会ったことを口にすることができなかったのは……。
「―――君を、抱いてもいいですか?」
言ってしまってから、弁慶は硬直した。
望美はもっとだ。何を言われているのかは理解したが、返事をするところまで追いつかない。
何よりも、聞きたいことが多すぎる。
「べ、弁慶さんっ……」
「真っ赤ですよ」
弁慶は落とすように微笑んだ。
一瞬の衝撃が過ぎると、弁慶はすっかり止まらなくなっていた。
――――今ならできる。今しかできない。
もう一度、口づける。
抵抗されたら、諦めるつもりで。
「嫌なら……抵抗して下さい」
「………意地悪…」
小さな囁きに愛しさがこみあげ、弁慶は噛みつくように唇を奪う。
抵抗されたら、諦める?
何を――――どうやって?
この愛おしさはなんだろう?
この衝動は何だろう?
理屈も理性も飛び越えて、ただ君を愛しいと思う。
(―――君は僕と、清盛様の罪の象徴)
(恋する資格など、僕にはないのに……)
望美はそのまま抱きあげられ、弁慶に割り当てられた室に入った。
弁慶の顔が見られない。
恥ずかしくて、息もできない。
(敵なのに抱かれるの?)
(……これもあなたの策略なの?)
聞きたいことは山ほどあった。
言いたいことも、問い詰めたいようなことさえ。
なのに何も聞けない。
『逃げたいか……?』
不意に、頭をよぎったのは、出立前に囁かれた言葉だった。