甘い籠絡







 ふと、望美は目を覚ました。
 渡殿にいたはずなのに、暖かい?
「……目覚めましたか?」
 望美は驚いて、目を開ける。
 起き上がると、暗闇の中、弁慶がじっと自分を見つめていた。
 今まで一度も見たことのないような眼差しで。
 思わず顔が赤くなる。
(暗くてよかった……)
 頬を染めた望美へと、弁慶の手が伸ばされる。
 するり、撫でるように、弁慶の手のひらが望美の頬を掠めた。
「驚きました。帰ったら、君があんなところで寝ている。……風邪をひいてしまいますよ」
「う、うん。起きたらぬくくて、びっくりしました!」
 弁慶の声がやけに耳に甘く響いて、それを振り払うように、望美はわざと屈託なく返す。
(……わざとらしかったかな?)
 窺うような望美の仕草に、弁慶はくすり、と、知られないように微笑みを落とした。
 甘い雰囲気が苦手な君。
 すぐに赤くなってしまうのを、ただ可愛いと思えなくなったのはいつからだろう?
(明日、和議が成ったら、君は―――)
 弁慶の頭の中で、どこか機械的に警鐘が鳴る。
 和議が成ったら、必ず還さなければならないと。
 ならばそれまでは?
 和議が成るまでなら、どうなのだろう。
 弁慶は外していた手を、そっと頬に添える。
「べ―――弁慶さん?」
「はい?」
 頬の手を気にする望美をはぐらかすように、弁慶がいつも通りの笑顔で微笑んだ。
 望美は離してとも言えず、黙っていることもできなくて、とりあえず気になっていたことを聞いた。
「明日……大丈夫でしょうか」
「和議が、心配ですか?」
「はい」
 愁眉を曇らせる望美を見て、弁慶は少し寂しくなる。
 こうしたときの望美は姫将軍然として、常の無邪気さが影を潜めてしまう。
 ヒノエなどは、こんな表情も気に入っているようだが、弁慶には哀れの方が強い。―――いや。
(罪悪感、だな……。望美さんの言ったことが本当なら、すべての苦しみは僕が最初だ)
 望美を源氏軍で戦わせたのも、元はと言えば、応龍が分かたれ、望美が召喚されることになったのも、すべては弁慶が原因だ。
 色んな事を見てきた、という望美は当然そのことを知っているのだろう。
 なのに、何一つ、望美は弁慶を責めない。
「……僕はその後の方が心配です」
「え……?」
 弁慶の意外な言葉に、望美は緩く目を見張った。
 明日の和議の根回しのために、外出していたのではないのだろうか?
 疑問に思った望美は、素直に聞くことにした。