望美はふ、と、目を開けた。
見知らぬ天井。…ああ、今は移動中だから…。
「気づきましたか?」
不意に響いた声に、望美は一気に覚醒した。
「弁慶さん……」
「ふふ、君に呼ばれるのは久しぶりですね」
そんな、と言いかけて、さすがに黙った。
弁慶の告白を断ってから、望美は意図的に弁慶を避けていたから。
目も合わさず、言葉も交わさず。
望美の周りには張り付くように朔がいたし、弁慶の隣には今までと何ら変わらぬように九郎がいたから、それはそう難しくもなかった。
拍子抜けしたほどだ。
だから、久々に間近で見つめあったことになる。
望美は耐えきれずに、顔を背けた。
「―――駄目です」
「いたっ……」
強い口調でそれを押しとどめたのは弁慶だった。
思わず望美が顔をしかめてしまったほどの強さで、弁慶が望美の顎を掴みあげた。
再び真向かう瞳。
そこに揺れる狂気に、望美はぞくり、と這いのぼる恐怖をおぼえた。
こんな荒い扱いを受けた覚えは、前の運命のときでさえない。
「……君は、困った人だ」
何か言おうと、望美が口をひらきかけた時、弁慶は溜息のように呟いた。
望美は何を言われているのか分からず、困惑した。
困った人?
目を逸らしたいのに、逸らせない。
口の中がからからに乾いている。
不思議に思い、弁慶の肩越しに月を見つけて、望美は驚いた。
―――まだ夜?
視線での質問に、弁慶は気づいて笑った。
「ええ、夜ですよ。……あれから、もう一日が過ぎています」
あれから、と言われ、望美は戸惑った。
そして不意に思い出す。
硬い声で望美は尋ねた。
「―――ここは、何処?」
最後の夜ね、と名残惜しそうにするのに、朔は部屋に帰ってこなかった。
おかしいなと思っていると、弁慶が訪れて、そして、……そこからの記憶がない。
あれから一日?
要はずっと寝ていたのか、自分は。
どうやって?
硬い声に応えて、弁慶は笑った。
「京ですよ」
「京に、戻ってきたの?皆も?」
「皆?」
その声音の甘さに、望美の全身が冷えた。
「僕たちだけですよ」
打てば響く回答にも、安心感は湧いてこない。
何故、どうやって、どうして。
疑問は湧いてくるばかりだ。
いや……本当は分かっていたのかもしれない。
弁慶は言った。早く還って下さいと。
『僕が…策を巡らす前に、どうか』
甘くて黒い、弁慶の情熱が垣間見えた。
縋る朔を理由にして……
その罠に堕ちるために、自分は残ったのかもしれなかった。
弁慶の策が成る、その瞬間を待つために。