「……まあ」
朔は小さく溜息をついた。
悩みというよりはむしろ、感嘆のそれを。
可愛らしい。
「さ、朔…」
「あ、うふふ、ごめんなさい」
「謝ってないよ……」
朔は一層嬉しげに微笑みをもらす。
望美は、はあっとため息をついた。
そんな簡単なことだろうか?
望美には分からない。
たぶん、初めての恋だから。
京に平和が戻って、数か月。
応龍の加護のもと、京は確実に復興の足音を刻み続けている。
その優しさに――何よりも消えた敦盛の面影を追って望美は京に留まった。
衝撃の冬。
そして冷たい春が過ぎて、ようやく望美は敦盛を取り戻した。
だけどそれは、とても淡い思いの交錯。
「―――好きだよ。ここにいたいと私は思う。でも…いいのかな……」
望美は迷う。
望美は憂う。
優しい京の暮らしにも、冷たい足音は忍びよる。
最初は単に嫌がらせだった。
欲のない顔をしていた九郎が、法皇の寵臣に成り果てたとか、そんな。
だが、それは周到な景時の根回しで回避された。
詮議されるまでもなく、九郎の第一の忠誠は鎌倉殿にある。
しかし、次の要件。
―――いまだに平家の怨霊を仲間にしているという難癖は、避けきれなかった。
敦盛は甦った当初京邸に住み、要は九郎でなく景時の管理下で、今はリズヴァーンの箱庭と往復する身だ。
何度も説明したが、今度は一切の弁明を認められなかった。
そこに望美の存在があったから。
望美が九郎の下で戦い続けた事実があるから。
九郎や景時は最大限守ってくれている。
……だけど。
「……いいのかな」
時々悲しそうに東の空を見つめる九郎を思う。
景時の苦しそうな横顔が辛かった。
でも、鞍馬の庵に籠りきってしまえば、今度はリズヴァーンに迷惑をかけることになるだろう。
それでは結局迷惑をかける相手が変わるだけだから、現代に還ることも考えた。
実際言ってみた。
だが、そのとき、敦盛は僅かに目を見張り、寂しそうに笑っただけだった。
望美はハッとした。
―――現代に還れば、ここは遠い過去になってしまう。
それが嫌なのかもしれないと。
平家のことを案じる敦盛に、それを断ち切らせたくなかった。
一人で還れと言われるのが怖くて、望美はそれを繰り返しては言えなかった。
望美がいなければ何とでも敦盛のことはなるのだと、――要は皆、とにかく今の災難からは逃れ得るのだと、望美は知っていたから。
……それでも傍にいたいのは単に望美の我儘だ。
そのとき気付いた。
この関係の、あやふやさを。